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名古屋高等裁判所 昭和47年(ネ)257号 判決 1974年11月07日

控訴人 大島里美

右訴訟代理人弁護士 大橋茂美

同 村橋泰志

右訴訟復代理人弁護士 飯田泰啓

被控訴人 水野紀代子

右訴訟代理人弁護士 竹下伝吉

同 山田利輔

同 青木仁子

主文

原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し昭和四一年七月一日以降昭和四三年六月二九日まで一か月金二四〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控費訴用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、被控訴代理人は請求原因として次のように述べた。

(一)  別紙目録記載の二戸続き平屋建居宅一棟の内南側の一戸(現況床面積約九〇・七二平方米、以下本件建物という)は被控訴人の所有であるが、被控訴人の先代水野すゞはこれを終戦直後ころより控訴人に対し期限を定めずに賃貸してきたところ、昭和四一年五月末ころ控訴人に対し当時の約定賃料金二四〇〇円を同年六月一日以降一か月金三二〇〇円に増額する旨の請求をした。

控訴人は家賃の増額を拒み同年六月分として従前の約定額金二四〇〇円を供託し、同年七月分以降昭和四二年一一月分迄は各金一一二五円、同年一二月分以降昭和四三年四月分迄は各金一二二五円を供託した(従前は持参払であったのに控訴人は現実の提供をしないでしているから無効である)のみで、昭和四三年四月末日現在において約定額で計算し合計金二万七五五〇円は未払である。

(二)  そこで、被控訴人(訴外水野すゞの死亡で同人の権利義務を相続した)は昭和四三年五月九日付催告書により控訴人に対し「借家法改正の次第もあり家賃増額分については裁判で確定することとし、それまでは従前通りの賃料額で受領するから、昭和四一年六月以降の約定賃料を精算のうえ、昭和四三年五月一六日までに支払って下さい」という旨の催告をした。

(三)  然るに、控訴人は同年五月一五日付内容証明郵便により被控訴人に対し「従前の家賃金二四〇〇円は統制令に違反し支払義務はないが、将来値上げ請求をしないことを条件とするものならば円満解決をしたいから一応元の賃料額を弁済供託する。右条件を承諾の上ならば受領して下さい」という旨の回答をするとともに、昭和四一年六月分より昭和四三年四月分までの差額分として金二万七五五〇円を供託したのみである。

(四)  そこで、被控訴人は昭和四三年六月一五日付翌一六日到達の内容証明郵便により控訴人に対し右催告にかかる債務の不履行を理由に本件建物賃貸借契約を解除する旨意思表示した。これにより右賃貸借契約は同月一六日限り解除されたというべきである。

(五)  仮に右解除の主張が認められないとしても、本件建物賃貸借契約については家主に無断で建物を改造しない旨定められていたのに、控訴人は昭和四〇年ころ無断で本件建物の玄関横に約半坪の便所を設け、また勝手場を洋室に改造したから、被控訴人は本件訴状をもって右無断改造を理由に賃貸借契約を解除する。

なお、控訴人は増築部分を所有建物として官庁に届出で被控訴人の所有土地を不法に使用している。

(六)  よって控訴人に対し本件建物の明渡と昭和四一年六月一日以降昭和四三年六月一六日迄一か月金三二〇〇円の割合による家賃金、同月一七日以降家屋明渡済に至るまで一か月金一万五〇〇〇円の割合による家賃相当額損害金の支払を求める。

三、控訴代理人は請求原因に対する答弁、主張として次のように述べた。

(一)  請求原因(一)(二)(三)の事実は未払賃料があるとの点および賃貸人たる地位の承継の点を除き、認める(但し、本件建物の床面積は六六・一一平方米約二〇坪である)。

(二)  同(四)の事実の内、被控訴人より主張の賃貸借契約解除の意思表示のあったことは認める。同(五)の事実の内、控訴人が昭和四〇年四月頃便所や勝手場の改造をしたことは認めるが、被控訴人先代水野すゞの承諾を得ているのであり、仮に明示の承諾ではなかったとしても、従前から本件建物の修繕一切をしていた控訴人が生活上および写真焼付の営業の必要上なした軽微な改造である上、当時水野すゞは近隣に居住し控訴人宅にも出入りし改造の事実を知悉しており何等の異議を述べていないばかりか、再三家賃の増額を申入れているので、黙示の承諾がある。

(三)

1  本件建物賃貸借については地代家賃統制令の適用があり、被控訴人主張の賃料増額請求時においてはその統制額(別紙目録記載の建物およびその敷地一二二・五七平方米の固定資産税評価額都市計画税額は原判決添付家賃統制額算定計算書記載のとおりである)は一か月金一一二五円であるところ、水野すゞは昭和四一年五月家賃増額請求以後同年六月分以降については従前の約定額による家賃を受領しないので、控訴人は同年六月分は従前の家賃金二四〇〇円を、同年七月分以降は統制家賃額により家賃を前記のとおり供託してきたのであるから、賃料の未払はなく被控訴人の賃貸借契約解除の意思表示は無効である。

2  また、被控訴人の催告は地代家賃統制令の統制額を超える賃料の支払を求めるものであるのみならず、右催告にかかる賃料の現実の提供がなかったからといって直ちにその賃料供託が無効とされるべきではない。即ち、被控訴人の催告は明らかに月額金三二〇〇円に増額することを前提とし、増額訴訟の裁判確定までは従前の賃料額を内金としてのみ受領し全額としては受領しない趣旨であるところ、控訴人は被控訴人主張の回答書をもってその意思を明確にし、催告にかかる金額をもって賃料を供託したのであるから右供託は適法である。さらに控訴人は水野すゞが賃料の受領を拒否したので前述のとおり昭和四一年六月以来既に二年近く家賃の供託を続けてきたのであるが、その間賃料確定の手続を経ないまま、昭和四三年五月に至り突然被控訴人は被控訴人主張の催告書を送付してきたのであって、かような事情のもとでは控訴人が右催告を受けてなした前記供託は現実の提供をしないでも適法であり右契約解除の意思表示は無効である。

3  控訴人は右供託をするに当り被控訴人主張のとおり将来家賃を値上げしないならばという条件付で弁済供託をしたのであるが、被控訴人が供託金の還付を受けるについて反対給付を求めているわけではないから、被控訴人の供託金還付請求手続上の支障はなく、右条件を付したことにより債務の本旨に従わない無効な供託ということにはならない。

4  仮に控訴人のなした供託に若干責められるべき点があるとしても、それは本件建物の賃貸借契約解除の事由となり得る程重大なものでないのみならず被控訴人主張の賃料増額請求は地代家賃統制令に違反するうえ前記2の事情のもとにおいて控訴人が永年に亘り生活の本拠としてきた本件建物の賃借権を覆滅させることとなる如き賃貸借の解除は信義則違反ないし権利濫用として許されないというべきである。

四、被控訴人は控訴人の主張に対し次のとおり反論した。

(一)  本件建物が地代家賃統制令の適用を受ける建物であることは認めるが、昭和四一年七月分以降昭和四三年四月分迄の家賃として控訴人の供託した金額は統制家賃額に満たない。即ち本件建物の統制家賃額は昭和四一年以降原判決添付の家賃統制額算定計算書記載のとおりである。

(二)  被控訴人のした前記催告の趣旨は被控訴人において増額請求の訴訟で敗訴すれば従前の約定額以上の賃料の請求をしないことは明白であって、従来の賃料を増額後の内金としてでなければ受領しないとするものではないことも明白であるから、現実に提供しないでした控訴人の前記供託によっては債務不履行の責任は免れない。

(三)  控訴人の前記供託に当り付した条件は被控訴人の増額請求訴訟の成否に拘らず増額請求を被控訴人が放棄しなければ受領できないことを条件とするものであるから不適法である。

(四)  控訴人は本件建物の家賃として昭和四一年五月までは一か月金二四〇〇円の約定額を任意に支払い、供託当初の同年六月分の家賃は右金額を供託していたから、被控訴人が主張の催告書により右約定額の家賃の支払を請求したことをもって不当な催告ということはできない。また、被控訴人は右催告において、金二四〇〇円を超える増額請求分は別として、一か月金二四〇〇円で計算した金額だけでも家賃として支払うよう請求し、右金額だけでも受領する意思のあることを明らかにしているのであるから、控訴人のした供託は、被控訴人に対し現実の提供をせずになされているものである以上、適法な供託ということはできないものであり、右供託をしたからといって債務不履行の責を免れることはできないというべきである。

五  ≪証拠関係省略≫

理由

一、本件建物が被控訴人の所有であり、被控訴人の先代訴外水野すゞはこれを終戦直後より控訴人に対し賃貸していたところ、昭和四一年五月従前の約定賃料である一か月金二四〇〇円を、同年六月一日以降金三二〇〇円に増額する旨の請求をしたことは当事者間に争いなく、被控訴人は水野すゞの相続人として(≪証拠省略≫によると、水野すゞは昭和四二年七月に死亡したことが認められる)、同訴外人の地位を承継したことは控訴人の明らかに争わないところである。

二、本件建物が地代家賃統制令の適用を受ける建物であることは当事者間に争いがないが、昭和四一年度以降の統制家賃額(上限)について当事者間に争いがあるので、先ずこの点を検討する。

(1)  本件建物とその北側に接続する建物から成る別紙目録記載の二戸続き平家建居宅一棟の建物に対する統制家賃の計算上基準となるべき右建物の固定資産評価額、都市計画税課税標準額が金一八万七四四〇円であることは当事者間に争いなく、右一棟の建物の公簿上附属建物を含む延面積が九八・〇一平方米であることは≪証拠省略≫によって明らかであるので、右一棟の建物の純家賃は昭和四一年度ないし昭和四三年度を通じ一か月金一四三六円三二銭である。

187,440円×3.7/1000+7.26円×98.01+187,440円×2/1000×1/12=1436.32円

したがって、右二戸続き一棟の建物の内の一戸である本件建物の月額純家賃は右金一四三六円三二銭の二分の一に当たる金七一八円一六銭とみられる。

(2)  次に≪証拠省略≫によれば、右一棟の建物の敷地は二一四・八七平方米であることが認められ、その昭和三八年度固定資産評価額が金二一万九三七五円であり、同土地の昭和四一年度ないし昭和四三年度の固定資産税、都市計画税各課税標準額が原判決添付計算書記載のとおりであり、本件建物の敷地部分が一二二・五七平方米(三七坪〇八)であることは当事者間に争いがないので、これらに基づいて本件建物の敷地の地代(月額)を求めると、昭和四一年度金四七九円六六銭、昭和四二年度五四五円七三銭、昭和四三年度金六三四円六三銭となる。

(219,375円×22/1000+315,900円×14/1000+421,200円×2/1000)×1/12=840.93円

840円93×122.57/214.87(=0.5704)=479.66円

(219,375円×22/1000+379,080円×14/1000+673,920円×2/1000)×1/12=956.76円

956円76×0.5704=545.73円

(219,375円×22/1000+454,896円×14/1000+1,078.272円×2/1000)×1/12=1,112.61円

1,112円61×0.5704=634.63円

(3)  したがって、本件建物の統制家賃相当額は右(1)(2)の合計である昭和四一年度金一一九七円、昭和四二年度金一二六三円、昭和四三年度金一三五二円ということになる。

三、してみれば、訴外水野すゞのなした前記家賃増額の請求時における従前の約定賃料が既に本件建物の賃料統制額を超えるものであり、右超過部分につき従前の約定は無効とすべきであるが、≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和三九年四月分以降の家賃を月額金二四〇〇円とすることに同意し、以後右増額請求時まで異議なく右額で支払ってきていることおよび昭和三二年頃控訴人の亡夫大島寿太郎において本件建物を改造増築し一部を店舗としていることがそれぞれ認められ、一方≪証拠省略≫によると、本件建物の修繕はすべて貸借当初から借家人である控訴人側の負担とされてきたこと、ことに昭和四〇年五月頃控訴人は水野すゞの同意を得て本件建物の屋根瓦の葺替え、下水設備工事をなし約金一〇万円の出捐をしていることが認められる(他にこれを左右できる証拠はない。)から、以上の事情をも斟酌すれば昭和四一年五月当時においては、本件建物の賃料として約定されていた一か月金二四〇〇円の家賃は右建物の賃料として相当のものとして増額請求の効果をその限度で認むべきであるけれども、これをこえる金額は相当ではない。

四、以上のとおり、本件建物の昭和四一年六月分以降の賃料は従前の約定額と同額とみるべきところ、控訴人は被控訴人の増額請求を拒み、同年六月分は従前の額により、同年七月分以降昭和四二年一一月分まで月額金一一二五円昭和四三年四月分まで月額金一二二五円を弁済供託したにとどまることは当事者間に争いなく、右弁済供託は昭和四一年七月分以降については債務額に不足するものといわなければならないから控訴人の右弁済供託はその効なく債務不履行の責を免れない。但し、昭和四一年六月分については水野すゞにおいて増額請求にかかる月額金三二〇〇円の支払がなければ受領しなかったことが明らかであったとみるべきであるから弁済供託は適法であり、控訴人に債務不履行の責はないものというべきである。

しかるところ、昭和四三年五月に至り被控訴人が同月九日付催告書をもって主張の催告をしたに拘らず、控訴人は被控訴人主張の回答をしただけで昭和四一年六月分以降昭和四三年四月分まで一か月金二四〇〇円の割合による本件建物の家賃から、同期間中の家賃として一か月金一一二五円又は一二二五円の割合で(但し昭和四一年六月分のみ金二四〇〇円)既に供託済の金員を控除した残額不足分として金二万七五〇〇円の弁済供託をしたことは当事者間に争いがなく、しかも控訴人弁済供託前に予め被控訴人に対し何ら弁済の提供もしなかったことは控訴人の自認するところであるから、控訴人の右弁済供託はその効なく、控訴人は債務不履行の責任を免れないものというべきである。

この点につき、控訴人は、月額金二四〇〇円を被控訴人は賃料の全額として受領する意思はなかったから現実の提供は必要ではなかったと主張するけれども、前記のとおり、被控訴人の催告は増額請求についての裁判確定するまでは月額金二四〇〇円の従前の約定額の限度で支払を求めるというものであるところ、このような趣旨で催告をしている場合にあっては、その時点においては直ちに支払により被控訴人において債務全額消滅の効果発生を容認するものではないけれども、現実の提供を要すると解するのが相当である。

控訴人は、さらに、控訴人が賃料増額を拒否し二年近く賃料の供託を続けてきている段階において、賃料確定の手続を経ないまま突然右のような催告をしてきたのであるから、現実の提供を要しないというけれども、被控訴人が右のような趣旨で催告をしている以上従前の経過が控訴人主張のとおりであるからといって弁済提供を要しないと解することは相当ではない。

五、ところで被控訴人が昭和四三年六月一六日到達の内容証明郵便により控訴人に対し前記催告にかかる昭和四一年六月一日以降昭和四三年四月末までの本件建物の家賃債務の不履行を理由に右賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いないのであるが、前記増額請求時までの前認定の経過からすれば、控訴人は被控訴人の増額請求がなければ前認定の賃料の支払継続に異議がなかったであろうことは明らかであり、右増額請求について訴の提起もなく、勿論裁判によりその当否未確定の間において控訴人が自ら算定した統制額(前記二において算定した額に不足するけれどもその不足額は僅少である)をもって弁済供託をしていた前記事情からすれば、現実の提供をしないで不足分を供託したことによって控訴人が催告に応じなかった結果となったからといって控訴人の前記家賃債務の不履行は本件建物賃貸借契約を解除するに足る程度に著しく信義を欠いたものということはできないから、被控訴人の前記契約解除の意思表示はその効力を生じないといわなければならない。

六、そこで次に、無断増築改造を理由とする賃貸借契約解除の主張について考えるに、控訴人が本件建物玄関横に便所を設置し、又勝手場を洋室に改造したことは当事者間に争いがない。然し≪証拠省略≫によれば、勝手場の改造は控訴人の亡夫大島寿太郎の生存当時になされたものであるが、右工事中に水野すゞから注意を受けたが、結局水野すゞの了承を得て工事を了えており、便所も予め同訴外人の同意のもとに控訴人が従前奥にあった便所を取毀し、玄関横の道路近くに水洗便所を新設したものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫したがって被控訴人の右主張は失当であり、他にこれを左右できる事情は見当らない。

七、してみれば、被控訴人の請求は控訴人に対し昭和四一年七月一日以降本件訴状送達の日である昭和四三年六月二九日まで一か月金二四〇〇円の割合による家賃の支払を求める限度において認容できるが、その余は理由がないので棄却すべきである。

よって、右と一部結論を異にする原判決は変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を適用し、なお仮執行の宣言は必要がないと考えるので付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引末男 裁判官 山内茂克 清水信之)

<以下省略>

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